「草加の名物は?」と聞かれたら、まず思い浮かぶのは草加せんべいではないでしょうか。
ところが草加には、せんべいと並んで長い歴史を持つ産業があります。
それが「皮革(ひかく)」です。
市内には、動物の「皮」を腐らない「革」へ加工するタンナーをはじめ、染色や加工、バッグ・靴・革小物などの製作に携わる事業者が集まっています。
そして2024年、草加は一般社団法人日本タンナーズ協会によって、兵庫県の「姫路・たつの」、東京都の「墨田」、和歌山県の「和歌山」と並ぶ「日本の4大皮革産地」の一つに認定されました。
草加で皮革産業が始まったのは昭和10年(1935年)。90年以上にわたって受け継がれてきた産業が、なぜ草加に根付いたのでしょうか。
今回は、意外と知られていない「革のまち・草加」の歴史をたどりながら、草加レザーならではの特徴や、現在の取り組みについて紹介します。
草加市の皮革産業の歩み
草加の皮革産業は、1935年(昭和10年)の日東皮革の工場開設から始まったとされています。
その後、戦後の成長期を経て一大産地へと発展。事業者の減少など厳しい時代も経験しながら、職人たちによる新たな取り組みへとつながり、2024年には「日本皮革四大産地」の一つとして認定されました。
| 年 | 主な出来事 |
| 1935年(昭和10年) | 日東皮革が草加に工場を開設。草加の皮革産業の始まりとされる |
| 1953年(昭和28年) | 草加が国内皮革産業の約10%を占めるまでに成長 |
| 1959年(昭和34年) | 皮革生産量が全国4位に |
| 昭和40年代 | なめし業者が約60社となり、最盛期を迎える |
| 2002年(平成14年) | 「そうか革職人会」が発足 |
| 2018年(平成30年) | 「SOKA LEATHER」として全国へのPRを本格化 |
| 2020年(令和2年) | 「U-TaaaN PROJECT by SOKA LEATHER」がスタート |
| 2024年(令和6年) | 「日本皮革四大産地」の一つとして認定 |
草加は「日本4大皮革産地」のひとつ

まず知っておきたいのが、草加が日本を代表する皮革産地の一つだということです。
2024年4月、日本タンナーズ協会によって草加は「日本の4大皮革産地」の一つに認定されました。
4つの産地には、それぞれ異なる特徴があります。
草加市によると、姫路・たつのは「牛」、墨田は「豚」、和歌山は「羊」を得意とする一方、草加では牛、豚、羊、ヤギ、シカ、カンガルー、爬虫類など、非常に幅広い種類の革が扱われています。
| 産地 | 主な特徴 |
| 兵庫県・姫路/たつの | 牛革を中心とする国内最大級の産地 |
| 東京都・墨田 | 豚革などを中心に皮革関連産業が集積 |
| 和歌山県・和歌山 | 羊革などに強み |
| 埼玉県・草加 | 多種多様な革と、地域内での一貫した生産体制 |
経済産業省の資料でも、たつの市・姫路市、和歌山市、東京都墨田区、草加市などが国内の「なめし革の主な産地」として紹介されています。
ただし、「日本4大皮革産地」と呼ばれるようになったのは比較的新しい出来事です。
草加の皮革産業そのものは、それよりはるか以前から続いています。
草加市の皮革産業の歴史|1935年から始まった革づくり
草加と革。
一見すると、あまり結びつかないようにも感じます。
ところが、草加という土地には皮革産業が発展するための条件がそろっていました。
大きな理由の一つが「水」です。
動物の皮を革へ加工する工程では、大量の水を使用します。草加は地下水に恵まれていたことから、皮革加工に適した土地でした。
そしてもう一つが、東京への近さです。
昭和10年(1935年)、日東皮革が草加に工場を開設。その後、東京・三河島方面などから皮革関連企業が移転・進出するようになり、次第に一つの産地が形成されていきました。
現在でこそ住宅地が広がる草加ですが、東京に近く、交通の便が良く、さらに豊富な水を確保できる環境は、ものづくりの街として大きな強みだったのです。
戦後の成長で「革のまち」へ
草加の皮革産業が一直線に成長してきたわけではありません。
第二次世界大戦中には皮革が統制品となり、生産は大きく落ち込みました。
転機となったのが戦後です。
昭和25年(1950年)ごろから皮革産業は再び活気を取り戻し、原皮の輸入増加などを背景に羊皮などを扱う染色工場も増えていきました。
草加市がまとめた資料によると、昭和28年(1953年)には国内皮革産業の約10%を草加が占め、昭和34年(1959年)には皮革生産量が全国4位に。
さらに昭和40年代には、草加のなめし業者は約60社にまで増えました。
今ではあまり想像できないかもしれませんが、当時の草加には多くの皮革工場があり、地域の産業を支える大きな存在になっていたのです。
そもそも「皮」と「革」は何が違う?

ここで少しだけ、革について知っておきましょう。
「皮」と「革」。
読み方はどちらも「かわ」ですが、実は意味が違います。
動物から得られた状態のものが「皮」。
その皮はそのままでは腐敗したり、乾燥すると硬くなったりしてしまいます。
そこで毛や脂肪などを取り除き、「なめし」と呼ばれる加工を行うことで、腐りにくく、柔らかく、製品として使える素材へ変えていきます。
こうして加工されたものが「革」です。
この「皮から革へ変える」仕事を担う職人や企業をタンナーと呼びます。
革製品というとバッグや財布を縫う職人をイメージするかもしれませんが、その前段階には、素材そのものをつくる職人たちの仕事があります。
皮革製造には細かな工程があり、SOKA LEATHERでは原皮から完成品に至るまで100以上の工程があると紹介しています。
草加の皮革産業の特徴|多種多様な革を扱える技術

では、草加の皮革産業にはどんな特徴があるのでしょうか。
大きな特徴の一つが、扱っている革の種類の多さです。
草加では牛や豚、羊、ヤギをはじめ、シカや爬虫類など、さまざまな種類の革が扱われています。
特定の種類だけではなく、多種多様な素材を加工できる技術を持った事業者が集まっていることが、草加の特徴です。
今回、草加市文化会館にある伝統産業展示室「ぱりっせ」を訪れると、さまざまな種類の革を実際に見て、触り比べられるコーナーがありました。
実際に触れてみて印象的だったのは、ひとえに「革」といっても、種類によってコシや厚み、表面の質感がまったく違うことです。
普段はバッグや財布など完成した状態で目にすることが多いため、素材の状態で触り比べてみると、それぞれにこれほど違いがあることは新鮮な発見でした。
「さまざまな種類の革を扱える」という草加の特徴も、実物を見て触れることで、より身近に感じられます。
「皮」から「製品」まで、草加でつなげられる

もう一つ、草加ならではの強みがあります。
それが、原皮から革をつくり、最終的な商品になるまでの工程を地域内でつなげられることです。
タンナーだけではありません。
染色、裁断、加工、縫製など、それぞれ異なる技術を持つ事業者が草加とその周辺に集積しています。
一社ですべてを行うのではなく、それぞれの得意分野を持つ職人たちが、いわばリレーのようにつながって一つの製品を完成させます。
日本タンナーズ協会が草加を4大皮革産地の一つとして認定した理由にも、この「一貫した生産体制」と「扱う革の多様性」が挙げられています。
草加の強さは、一人の有名な職人や一つの工場だけにあるのではありません。
異なる技術を持った人たちが街の中でつながっている。
それこそが、「産地」と呼ばれる理由なのでしょう。
約60社あったなめし業者。産業は大きな転換期を迎えた

昭和40年代に最盛期を迎えた草加の皮革産業ですが、その後は大きな変化に直面します。
昭和45年(1970年)には水質汚濁防止法が制定され、排水に対する規制が厳しくなりました。
さらに海外製品との競争や景気変動なども皮革産業に影響を与えます。
平成初期には草加の「なめし革」の出荷額がピークを迎えたものの、その後バブルが崩壊。草加市の資料では平成9年(1997年)の出荷額が前年比3分の1程度まで落ち込んだとされています。
昭和40年代には約60社あったなめし業者も減少し、草加市が2024年に公表した特集では7社にまで減ったとされています。
しかし、そこで草加の革の歴史が途絶えたわけではありません。
むしろ、その後「草加の革」を一つの地域産業として外へ伝えようとする動きが生まれていきます。
「つくる街」から「伝える街」へ。SOKA LEATHERの誕生
平成14年(2002年)には「そうか革職人会」が発足しました。
職人や関連事業者が連携し、販売会やイベント、ワークショップなどを通して、一般の人にも草加の革を知ってもらう取り組みが始まります。
平成22年(2010年)には日本エコレザー認定革を使った「彩鞄」、平成29年(2017年)には草加の職人と外部クリエイターが手を組んだプロダクトブランド「HIKER」が登場。
そして平成30年(2018年)ごろから、「SOKA LEATHER」の名称で草加の皮革産業を全国へ発信する活動が本格化していきます。
長い間、草加では「革をつくる仕事」が続けられてきました。
そこに近年は、「草加でつくられている」という産地そのものの価値を伝える動きが加わっています。
2024年の日本4大皮革産地への認定は、突然「草加が革の街になった」という話ではありません。
昭和10年から続いてきた仕事と技術が、改めて一つの「産地」として評価された出来事だといえます。
草加の革から生まれる新しい挑戦

草加では、昔ながらの技術を残すだけでなく、新しい革づくりにも挑戦しています。
その一つが「U-TaaaN PROJECT by SOKA LEATHER」です。
全国各地で有害鳥獣として捕獲されるシカなどの皮を草加で受け入れ、なめして革にし、場合によってはバッグや小物などの製品に加工して、再びその地域へ還す取り組みです。
肉だけではなく皮まで資源として活用し、地域の新たな特産品につなげることを目指しています。
さらに2023年には、米ぬかから採れる油を活用した草加オリジナルの「米ぬかなめし」も発表されました。
国産牛皮に米ぬか油を主成分とするなめし剤を使用し、植物由来のタンニンなども組み合わせることで、強度を保ちながら、しっとりとした手触りを生み出しているのが特徴です。
そして、草加の職人たちが制作に携わった「THE LEATHER SCRAP KIMONO」は、通常は使われにくい革の端の部分までデザインに活用。
2022年には第101回ニューヨークADC賞の2部門を受賞しました。
「革をどうつくるか」だけでなく、「限りある素材をどう使い切るか」。
そんな視点からも、草加の皮革産業は新しい形へ進み始めています。
草加レザーを実際に見て、触ってみる

ここまで読んで「実際に草加の革を見てみたい」と思った方もいるかもしれません。
そんなときに訪れたいのが、先にもご紹介をした草加市文化会館にある伝統産業展示室「ぱりっせ」です。
館内では草加せんべいやゆかた染めとともに、草加の皮革産業の歴史や製造工程などが紹介され、市内の事業者が手掛けたバッグ、財布、靴などの革製品も販売されています。
2026年現在、毎月第4土曜日には革を使ったレザークラフト体験も実施されています。
普段、何気なく手にしている財布やバッグ。
その素材がどんな工程を経てできているのかを知ってから触れてみると、革を見る目も少し変わるかもしれません。
草加せんべいだけじゃない。「革のまち・草加」を知る
草加の皮革産業が始まった昭和10年から、90年以上。
東京から移ってきた工場をきっかけに始まった産業は、戦争、高度経済成長、環境規制、バブル崩壊など、さまざまな時代の変化を乗り越えてきました。
最盛期に比べれば、職人や工場の数は大きく減っています。
それでも、草加には今も「皮」を「革」に変える人がいて、革を染める人がいて、それを製品へと仕立てる人がいます。
牛、豚、羊、シカ、爬虫類など、多種多様な素材を扱えること。
そして、異なる技術を持つ職人たちがつながり、素材から製品までを地域でつくり上げられること。
2024年の「日本4大皮革産地」への認定は、そんな草加で積み重ねられてきた技術が改めて評価された出来事でもあります。
「草加=せんべい」。
そこに、
「草加=革のまち」
というもう一つの顔があることを知ると、いつもの街が少し違って見えてくるのではないでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q. 草加市は本当に「日本4大皮革産地」なのですか?
はい。2024年、一般社団法人日本タンナーズ協会によって、草加は「姫路・たつの」「東京(墨田)」「和歌山」と並ぶ日本の4大皮革産地の一つに認定されています。
Q. 草加の皮革産業はいつから始まったのですか?
草加市では昭和10年(1935年)に日東皮革が工場を開設したことが、現在につながる草加の皮革産業の始まりとされています。その後、東京の三河島方面などから皮革関連企業が移転・進出しました。
Q. 「草加レザー」とは特定の種類の革ですか?
一種類の革を指す名称ではありません。「SOKA LEATHER」は、草加とその周辺に集積する皮革産業や、そこから生み出される多様な革・製品を発信する名称として使われています。草加では牛、豚、羊、ヤギ、シカ、カンガルー、爬虫類など幅広い素材が扱われています。
Q. 草加の革は何が特徴なのですか?
大きな特徴は「扱う革の種類の多さ」と「地域内での一貫した生産体制」です。タンナーだけでなく、染色、加工、裁断、製品製作などに携わる事業者が集まり、原皮から最終製品までを地域の中でつなげられます。
Q. 草加レザーはどこで見ることができますか?
草加市文化会館内の伝統産業展示室「ぱりっせ」で、草加の皮革産業についての展示や、市内事業者による革製品を見ることができます。バッグ、財布、靴などの販売も行われています。
参考資料
・草加市「日本の4大皮革産地 草加」
・草加市「草加の皮革」
・草加市「日本皮革四大産地への軌跡」
・経済産業省「皮革産業の主な産地」
・日本革市「国内の皮革産地」
・SOKA LEATHER「草加市革の職人」
・SOKA LEATHER「米ぬかなめし」
・SOKA LEATHER「U-TaaaN PROJECT」